姉帯豊音と山女について

『宮守女子の謎に迫る』シリーズのその6です。過去の記事のまとめはこちらになります。
前回の塞さんの記事は思いのほか好評で、いくつかのサイトで取り上げて頂いたようでありがとうございます!この調子で今回の姉帯さんの謎に関してもすっきり解き明かしてみたい所なんですが、彼女に関しては未だに謎が多く今回の記事もあくまで暫定的なものとなります。というか、正直新しい情報は何もない面白みのない記事なのでご了承ください。いつか彼女の謎についても解き明かせるといいなぁ…。

  • 名前の由来

まずはいつも通り名前の由来について。名字の姉帯については、かつて二戸郡にあった旧姉帯村が起源とされてます。現在、姉帯の名字が特に多いのがこの二戸郡とその北にある二戸市ですね。名前の豊音については後述します。

  • 山女について

そんな姉帯さんの元ネタなんですが、一番よく指摘されるのが山女との関連です。山女を含めた山人に関するお話は『遠野物語』に数多く登場するんですが、そのお話は大きく分けて

  1. 背がとても高く髪もとても長くて異様な目をした妖怪の山女のお話
  2. 山男によってさらわれて元の場所に戻る事を許されない人間の山女のお話

の2つのタイプに分ける事が出来ます。ここでは、その中でも最も代表的なお話をひとつ紹介しますね。

三 山々の奥には山人住めり。栃内村和野の佐々木嘉兵衛という人は今も七十余にて生存せり。この翁若かりしころ猟をして山奥に入りしに、遥かなる岩の上に美しき女一人ありて、長き黒髪を梳りていたり。顔の色きわめて白し。不敵の男なれば直に銃を差し向けて打ち放せしに弾に応じて倒れたり。そこに馳けつけて見れば、身のたけ高き女にて、解きたる黒髪はまたそのたけよりも長かりき。のちの験にせばやと思いてその髪をいささか切り取り、これを綰ねて懐に入れ、やがて家路に向いしに、道の程にて耐えがたく睡眠を催しければ、しばらく物蔭に立寄りてまどろみたり。その間夢と現との境のようなる時に、これも丈の高き男一人近よりて懐中に手を差し入れ、かの綰ねたる黒髪を取り返し立ち去ると見ればたちまち睡は覚めたり。山男なるべしといえり。
○土淵村大字栃内。

柳田国男 遠野物語

このお話を含む多くのお話で山女は背が高い、とても長い黒髪、美しい女性、目の色が常人と異なる、肌が白かったりあるいは赤い顔だったりなどの特徴があります。これらの要素はほぼ姉帯さんの身体的特徴そのままですし、こちらのコマの

姉帯さんの私服も山女、そして山人の特徴を表す時によく描写される色である白と赤で構成されています。これらから考えると少なくとも姉帯さんのキャラクターデザインが山女を基にしたものである事はほぼ間違いないんじゃないかと思われます。

また、彼女の名前の豊音も山女のお話から採用されたのではないかといわれています。実は上で紹介した『遠野物語』の3話の山女は佐々木喜善の大叔母にあたる佐々木トヨなのではないかという仮説がありまして*1、これとは別のお話の別の女性の話ですが、トヨという女性と山男に関わるお話もあるようです*2

後、先程も書いたように『遠野物語』に登場する山女がしばしば山男によってさらわれ元の場所に戻る事を許されない存在として描かれている事も興味深いですね。

姉帯さんは今まで村に閉じ込められて外に出る事を許されなかったんじゃないか、と思わせる描写が随所にありますが、もしそういった設定があるのならばそれもこの山女から採用された設定なのかもしれないですね。

猟人某もこの女に行き逢った。鉄砲で撃ち殺そうと心構えをして近づいたが、急に手足が痺れ声も立たず、そのまま女がにたにたと笑って行き過ぎてしまうまで、一つ処に立ちすくんでいたという。*3

また、このお話のように山女は山奥に住んでいて人恋しいからか人懐っこい行動を取ったり笑ったしている描写が結構多いんですよね。この辺りもいつもワクワクでちょー楽しそうな姉帯さんの性格に反映されているかもしれません。

ところで、姉帯さんの元ネタとしてネットなどでよく言われるものに八尺様というものがあります。

八尺様 - 死ぬ程洒落にならない話を集めてみない?

八尺さま by からあげ on pixiv

このお話は2chオカルト板発祥のものらしいですが、イラストなんかを見ると確かに姉帯さんの姿にそっくりですね。八尺様の話も幾つか読んでみましたが、舞台が東北というパターンが割と多い印象を受けました。そして、先程の山女のお話と八尺様のお話を比較してみると身体的特徴は言うまでもなく一致していますし、山男にさらわれる点についても八尺様のお話では八尺様の方が人間をさらうお話になってますが、お話の構造自体は変わらないですし、基本的に八尺様は山女の現代版のお話であると考えて差し支えないでしょう。ひょっとしたら最初に八尺様を考えた人が『遠野物語』を参考にしたのかもしれませんね。山女は帽子はかぶってないですから、立先生が姉帯さんのビジュアルに八尺様を参考にした可能性も十分あり得ると思います。

  • 姉帯さんと六曜について

さて、ここまでは非常にすんなりといくんですが、姉帯さんと麻雀描写についてのお話になると、途端に繋がりがまるで見えなくなってしまいます。彼女の麻雀における能力といえば

六曜といわれています。正確には本編において、先負、友引、赤口が言及されている為に、ここから彼女が六曜使いである事が推測されている訳ですね。それでは、山女と六曜を関連付ける何かが『遠野物語』内にあるかというと…ないんだな、それが。というか、作品のどこを見ても六曜の「ろ」の字も出てこないんですよね。
そもそも六曜はその起源自体がはっきりとしてなくて、日本には室町時代に伝わったとされていますが、江戸末期まではほとんど知られる事のなかった暦で、一般に広まり始めたのは明治以降らしいです。『遠野物語』が著されたのが明治43年なので、そもそも当時の遠野の人が六曜を知っていたかすら危うい訳で、『遠野物語』内に六曜が登場しなくてもそれは当然の事と思われます。

とすると、姉帯さんの六曜は元ネタとは全く関係ない能力なのかもしれない訳ですが…個人的にはその可能性はあまり考えたくないんですよね。だって、彼女以外の宮守のキャラクターは(恐らく)元ネタや名前と能力が深く関係してる訳です。それなのに姉帯さんだけ無関係だったら

姉帯さんがぼっちでかわいそうじゃないですか!
という訳で、興味がある方はこの謎について考えてくれたらちょーうれしいよー。

  • 姉帯さんの住んでいる村はどこにあるのか?

結局、姉帯さんと六曜の繋がりについては謎のままなんですが、それを解くカギとなるかもしれないと個人的に思っているのが彼女が住んでいる村についてです。もし、この場所がはっきりすればそこに伝わるお話などから姉帯さんの能力の謎が解き明かす事ができるかもしれません。なので、咲−Saki−本編内の描写から彼女の村がどこにあるかについて多少なりとも推測できないか考えてみました。


第93局[歓迎]の1コマ。また、この時の時間は18時50分である事が別のコマから確認できます。宮守女子のモデルとなった遠野高等学校情報ビジネス校は宮守駅から徒歩15分です。これらの情報から考えると彼女がいう次の電車は上り、あるいは下りの19時15分の電車の事で間違いないと思います*4。とすると、彼女が住んでいる村の最寄駅は宮守を19時15分に出発するとギリギリ最後のバスに間に合う駅という事になるんですが…ちゃんと調べたわけではないので断定は出来ないんですが、この条件に当てはまる駅ってわずかしかないと思われるんですよね。岩手県交通のHPを見る限りだと北上駅花巻駅ぐらいかなぁ。という訳で、姉帯さんの村がこの辺りにあるのではないかと仮定して彼女と六曜を繋ぐ何かがないか考え中です。しかも、六曜がわりかし最近広まった事から考えるにわりかし最近のお話じゃないかと思う訳ですが…。


と、こんな訳で今回はなんともすっきりしない終わり方となってしまいました。う〜む、悔しい。一応今回で『宮守女子の謎に迫る』シリーズは終わりな訳ですが、今回調べていく内に宮守以外の繋がりも見えてきたところがあるので、次回は今までのまとめとそれらを番外編として触れつつ、最後に参考文献についても紹介しようと思います。それでは、また。

*1:著:菊池照雄『山深き遠野の里の物語せよ』の中の 山に消えた娘たち2.漁師に撃たれた山女トヨ より。…が、『注釈 遠野物語』ではこの仮説を間違いだと結論付けていたりします

*2:伊能 嘉矩の『遠野のくさぐさ』より「門助婆」というお話。

*3:柳田国男遠野物語拾遺』114話

*4:電車のダイヤに変更がなかったり、立先生がきちんと姉帯さんの村の場所を決めているのだとするならば、ですが