胡桃ちゃんは実はザシキワラシだった?
『宮守女子の謎に迫る』のその4〜。今回が一番のメインのつもりなので、気合入れていきます!過去の記事はこちらよりどうぞ。
そういえば、前回の記事で参考文献に関するコメントを頂いたんですが、参考文献は最後にまとめて紹介します。ただ、前回ほとんどなかった脚注はもっとちゃんと入れていこうと思います。その方が後から調べやすいですしね。
後、咲-Saki-本編の感想なんですがこのシリーズが終わった後にこっそりと書くつもりです・・・こっちを先に片づけておきたいので。
さて、今回は中堅の胡桃ちゃんに関してです。
後、すいません、今回の記事はむちゃくちゃ長いので先に結論だけまとめておくと
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- 鹿倉胡桃の元ネタはカクラサマが最有力とされてきた
- だが、実は元ネタはザシキワラシである
- とはいえ、カクラサマや河童などの他の説でもあながち間違いとは言えない
こんな感じの論旨展開になります。また、この記事は検証のためと自分用のまとめの意味もあるので長々といろんな事を書いてますが、今回伝えたい事のほとんどは胡桃ちゃん=ザシキワラシ説なので、めんどくさい方はとりあえず真ん中あたり(「鹿倉胡桃とザシキワラシを結びつけるもの」)だけでも見てくれたらうれしいです。
では、いってみましょ〜。
- 鹿倉胡桃の元ネタ仮説いろいろ
まずは、カクラサマのおさらいをば。咲-Saki-ほんだし様の記事が端的にまとめられているので、そのまま引用させていただきます。
●鹿倉胡桃とカクラサマ
カクラサマ概略
遠野の様々な場所にある、人を模していることが分かる程度の粗末な木像。おおよそ人の大きさ。
子供はこれを川に投げ入れたり、引き摺り回したりするが、それを見つけても叱ってはいけない。叱れば逆に祟りがある。鹿倉胡桃
非常に小柄でオカッパ頭の三年生。表情があまり動かない。麻雀では徹底してダマを選択する。こじつけ
・カクラサマのサイズについてはだいたい人並という程度ではっきりしないが、子供が投げたり引き回したりできることを考えれば浮かぶイメージは大きくても子供大
・カクラサマで遊んでいる子供を見つけても叱ってはいけない→声を上げてはいけない→ダマテン
・木像は物言わぬ存在
・表情が動かない→人形
・木像→クルミの木別視点から
咲-Saki-キャラの名前もろもろ1:地域性編での調べから宮守の日本人部員は胡桃ちゃんを除いて皆、岩手特有の苗字を与えられている。なぜ胡桃ちゃんだけ例外の「鹿倉」なのか。
カクラサマがあったから、と考えてもいいのではないだろうか。●カクラサマの大きさは三尺=90cm さすがの胡桃ちゃんもカクラサマよりは大きい
文章内にいくつかの理由が述べられてますが、やはり一番重要なポイントは太字の部分で、胡桃ちゃんだけが唯一岩手県に多い苗字が与えられていない、というところですね。
一方のロクシン様ではカクラサマ説に反論して以下のような仮説を立てています。
尚、遠野には「カクラサマ」という神を信仰する文化があり遠野物語では72・73・74話で語られる。
が、カクラに当てられる漢字は神倉、賀倉、神楽、角羅とされており、その性質も胡桃のキャラクターに一致するものは特に無い。精々胡桃が小柄であることとカクラサマの像が小さいというのが無理矢理結び付けられるかという程度であるが、胡桃の外見は後述する河童の一般的イメージに近く、名とも結びつくためそちらが元ネタと見るのが腑に落ちる。
ただし「カクラ」の名については地名としての鹿倉が岩手に(少なくとも現在は)存在しないためカクラサマから取った可能性はある。名の胡桃および非常に小柄でおかっぱの髪型という身体的特徴の元ネタは遠野物語59話の河童のエピソードより。
子供のような体格は河童の一般的特徴であり、髪型のおかっぱも、その語源が河童である。
遠野物語59話は2本の胡桃の木の間から河童が人間たちの様子を伺っていたというエピソードであるため、胡桃という名は河童と関連付けられる。
こちらは河童説ですね。まず、カクラに当てられる漢字については僕も調べてみましたが、神倉、神座*1、狩倉、神楽*2とあって、確かに鹿倉の文字は見つける事が出来ませんでした。ただ、河童説の方が苗字の説明は弱く感じます。
また、名前の胡桃に関してと容姿についてはこちらの方がより納得いく説明ですね。カクラサマが何の木で作られているかは調べてはみたんですが、よくわかりませんでした。似たような神様のオシラサマは桑の木で作るみたいですが*3。ただ、河童説は能力が全く説明できない事が一番の弱点になるでしょうか。
他には、ザシキワラシ説やコケシ説なんかもいわれたりしましたが、いずれも容姿が近い事以外の説明はなかったように思います。では、これらを踏まえた上で自分の胡桃ちゃん=ザシキワラシ説です!
- 鹿倉胡桃とザシキワラシを結びつけるもの
まず大事なことは、胡桃ちゃん=ザシキワラシ説を説明するのに用いる本は『遠野物語』ではありません。今回、紹介する本はこちら。
- 作者: 佐々木喜善
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2007/07
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この話はすべて遠野の人佐々木鏡石君より聞きたり。
『遠野物語』の最初の一文のこの人です!実は、『遠野物語』は地元の作家の佐々木喜善から聞いたお話で作品の全てが構成されています。そして、佐々木喜善自身も遠野の昔話をたくさん集めて本にしていて、その中にはマヨヒガやカクラサマや山女などの宮守の元ネタとされるお話も収録されているんです。つまり、もう一人の『遠野物語』の作者ともいえる存在なんですね〜。
そんな彼が最も力を注いだ研究がザシキワラシに関する文献を集める事でして、この『遠野のザシキワラシとオシラサマ』には実にたくさんの個性豊かなザシキワラシのお話があります。この本から適宜引用しつつ、胡桃ちゃん=ザシキワラシ説を検証してみようと思います。
1.容姿
これについては有名なので、ほぼ説明不要ですね。ザシキワラシはおかっぱの小さな男の子や女の子、というのが一般的です。まさに胡桃ちゃんにぴったりです。
2.名前
『遠野のザシキワラシとオシラサマ』には、100以上のザシキワラシのお話が収録されていますが実はこれらのお話の中にはカクラと胡桃の2つのキーワードが両方登場します。
まずは、カクラが登場するお話はこんな感じです。
佐々木某の家にある猩々*4らしい物が画かれた屏風を、同じ村のカクラの家へあげたところ、その日からカクラ家の人はみんな童子が夢に出てくるようになった。巫女に占ってもらうと、夢の中の物が元の家に戻りたがって夢枕に立つのだと言われて、屏風を元の家に返すことにすると、その夜からは夢を誰も見なくなった…*5
次に、胡桃が登場するお話はこんな感じ。
家の先祖のばあ様が、ある時垣内の胡桃の木の三叉で遊んでいた赤顔のカブキレワラシ(ザシキワラシの別名です)を見た事があったとよく私に聞かせてくれた…*6
本当はカクラが鹿倉という漢字なのかわかればよかったんですが、結局わからずじまいでした。けれど、実は名前を説明するうえでもザシキワラシ説は何の問題もない事がおわかりいただけるかと思います。
3.咲−Saki−の中に散りばめられたザシキワラシ
それでは、ここからは咲-Saki-の1シーン1シーンから胡桃ちゃんとザシキワラシを結びつけるものがないか調べていきましょう。やっと…やっと…咲-Saki-の話が出来る!!
まずは、こちらのシーン。
これはすごくわかりやすいですね。胡桃ちゃんがなんでシロの上で充電したがるかというのは、ザシキワラシは家の神さまでマヨヒガは迷ひ家と書くように家の怪異だからです。ザシキワラシは家の屋根裏、上の方にいるイメージですし。
胡桃ちゃんの能力(?)はまとめると
- すべてダマ
- 聴牌気配が見えない、モモほどではないけれど一種のステルス
の2つになります。2.についてはこれまでほとんど語られる事はなかったと思うんですが、適当に部長がモモの名前を出してた訳ではなくて、実はこれにもきちんと意味はあります。ところで、ザシキワラシは遠野だけでなく各地に伝わるお話ですが、ここでは遠野で出てくる一般的なザシキワラシに限ってお話をします。
まず、遠野民俗学の先駆者と言われた伊能嘉矩によると、遠野のザシキワラシの特徴は4つにわけられるらしい*7んですが、その中にザシキワラシは家の人以外には見えないという説明があります。しかも、この説明にはないんですが歩く音とか糸車を回している音とかそういうのは他の人にも聞こえるんですよ。このあたり、モモちゃんほどじゃないけどステルスという説明にぴったりじゃないでしょうか?*8
次に、遠野のザシキワラシはその話の中でほとんど人と会話をする事がありません。*9つまり、ほとんど黙っている。そして、ザシキワラシの中で唯一といっていいザシキワラシが他人と会話するお話はどういう場面かというと…家から出て行く時なんです。*10すると、その家は衰退しちゃう訳で、つまりザシキワラシは黙っていた方がいい。これらのどちらからも、ダマテンを結びつける事が可能だと思います。
という訳で、胡桃ちゃん=ザシキワラシ説は以上です。なかなかのなかなかな仮説といえるんじゃないでしょうか?
- 子どもと一緒に遊ぶ神様はすごく性質が似ているらしいです
さて、もう咲−Saki−に関するお話はほとんど終わりでここからは一種の番外編になります。なので、興味がある人だけお読みください。じゃあ、仮にザシキワラシ説が正しいとしてですが、河童説やカクラサマ説が間違っているか…というと、実はそんな事はないらしいです。
まず、ザシキワラシと河童についてなんですが、実は『遠野のザシキワラシとオシラサマ』で河童がザシキワラシになるお話があったり、ザシキワラシと河童が同じものだと考えている地元の人の話が出てきます。つまり遠野ではザシキワラシ=河童というのは、割と一般的だったらしいんです。
次に、カクラサマについては、こちらも『遠野のザシキワラシとオシラサマ』の中の収録されている「子供遊戯神の話」によくまとめられているんですが、カクラサマや家の中に祀る似たような木の像の神様であるオクナイサマやオシラサマってすごく性質が似通ってるんですよ。これらが同じものだと考えている人も多いらしいです。そして、家の神であるオシラサマなんかは同じ奥座敷の神様である事からザシキワラシにも結び付けられたりして、これらの神様全てがもともとはオクナイサマと呼ばれていた、と主張する学者もいるぐらいなんです。*11
まぁ、要するにこの地方の子供の姿をした神様たちってどれもよく似てるから、あんま複雑に考えないでもどれも正解でいいんじゃな〜い?って事です。こんな長々とやって結論がこれか!という気もしますがw
ちなみに、これらの神様に共通する性質として、
- いたずら好き
- 子どもと一緒に遊ぶのが大好きでバチが当たるからやめなさい!と誰かが怒って遊びを止めさせると却ってその人に祟る
というのがあるんですけど、これって
真面目でマナーに口うるさい胡桃ちゃんの性格の真逆なんですよね。これはひょっとしたら?ぐらいな可能性ですが。
1/24:追記
コメントで全年齢非推奨さんより教えて頂いたザシキワラシに関する話を追記しておきます。全年齢非推奨さん、ありがとうございます。
生きた人間の中では、老人が最賢明にして且指導好きであることは、殊に我々の明治大正に於ける経験であるが、奇なる哉神様には若い形が多い。少くとも童子に由つて神意を伝へたまふことが多い。ザシキワラシも其現象の一の場合ではあるまいか。
『妖怪談義』 ザシキワラシ(一)
確かに胡桃ちゃんの性格の一部を表現してるかもしれない一文ですね〜。
1/28:追記
塞さんの考察の際に書いた「鹿倉」に関する仮説をこちらにも追記しておきます。
『注釈 遠野物語』のカクラサマの解説にはカクラサマがカリクラ(狩倉など)という狩猟に関する用語と関わりがあるのではないかという可能性が示されています。そこからの繋がりで
かぐらやま【鹿倉山】
狩猟の目的で指定された山野。狩倉山とも書き、狩山・かりくらともいう。鹿倉山は狩倉の名称とともに鎌倉時代に始まる。この時代の狩倉は鹿狩りの場であったが、狩倉で獲物を射止めることは、同時に練武の手段でもあったところから、狩倉山はほとんど武士の独占場であった。このような慣習は江戸時代の領主にも受け継がれ、狩猟に適した各地の林野に鹿倉山の設定を見た。江戸幕府領ではこれを御鹿狩場と唱え、九州諸藩では御鹿倉(山)・御狩倉山、東北地方では御鹿込山といい、他の諸藩では御狩場(岡山)・鹿猪御留山(徳島)などと称した。これらの鹿倉山は鹿や猪の繁殖をはかる禁猟区であった点はいずれも共通であるが、時代の降るにつれて武士の狩猟行為はすたれ、代わって野荒しを防止するための農民の猪鹿狩りが盛んになり、したがって鹿倉山本来の目的は失われたが、その大部分は巣鷹山とともに、御林同様の保護林となって残った。→狩倉(かりくら)
国史大辞典 より
このような記述があるのをとおりすがりさんのコメントで教えて頂きました。「鹿倉」はここから採用された可能性が高そうですね。すると、胡桃ちゃんの元ネタはカクラサマ+ザシキワラシと見るのが今の所、一番の有力候補といったところでしょうか。
2014/4/13:追記
TVアニメ 咲-Saki-全国編 オリジナルサウンドトラック
- アーティスト: 渡辺剛,橋本みゆき,宮守女子高校,永水女子高校,姫松高校
- 出版社/メーカー: ランティス
- 発売日: 2014/03/26
- メディア: CD
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それでは、今回はここまで。次回は塞さんについてですね。塞の神についてと、立先生がこの神様を選んだ理由について考えてみようと思います。
*1:この2つは『遠野―民話の神・仏に出逢う里 (学研グラフィックブックス)』より引用
*4:「しょうじょう」と読む。中国の伝説の動物。
*5:『遠野のザシキワラシとオシラサマ』「奥州のザシキワラシの話」二.近頃耳で聞いた話の20話
*6:『遠野のザシキワラシとオシラサマ』「ザシキワラシの話 1」より
*8:ちなみに全く関係ない話なんですが、ザシキワラシが他の人にも見えるのはどういう場合が多いかというと、誰々の家から出て行ったor入って行った時です。ここでは、ザシキワラシは村落共同体内の富の移動を説明するツールとして用いられています。
*9:柳田国男『妖怪談義』ザシキワラシ(一)、実際佐々木の本の中でも人と会話するお話はほとんどない印象ですね
*10:『遠野物語』18話、『遠野のザシキワラシとオシラサマ』「奥州のザシキワラシの話」 物語化したるもの 52話など
*11:中山太郎 編 『日本民俗学辞典』 オクナイサマ 日本民俗学辞典 - 国立国会図書館デジタルコレクション